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人事労務コラム Column

2020.10.01

法改正情報

複数事業労働者への新たな労災保険給付

ヒューマンテック経営研究所 所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)

近年、副業・兼業を希望する就業者が増加傾向にありますが、複数の事業主の下で働く労働者、いわゆる「複数事業労働者」が労災事故等により給付を受ける場合、給付額の算定にあたっては事故が発生した事業場から支払われる賃金のみによって算出することとされており、給付額が著しく低額になるという問題がありました。また、労災認定の判断にあたっても、各事業場の業務による負荷のみを基準に評価されていたため、労災認定が受けられにくいという問題がありました。

このような中、2020年通常国会(第201回)において雇用保険法等の一部を改正する法律が可決・成立し、同年9月1日より労災保険法が改正・施行されることとなりました。今回の改正では、複数事業労働者の労災保険給付について給付基礎日額の算定方法や業務による負荷の評価方法の見直しが行われています。

それでは、改正労災保険法の内容についてもう少し詳し見ていきたいと思います。

 

1.複数事業労働者給付の創設

労災保険法では、業務災害と通勤災害に関する保険給付が定められていますが、今回の改正により「複数事業労働者給付」が新たに創設されました。この複数事業労働者給付は、複数事業労働者がその従事する2以上の事業の業務を要因とする事由による負傷・疾病・障害または死亡に対して迅速かつ公正な保護をすることを目的とするもので、従来の労災給付と同様に、療養・休業・遺族・葬祭・傷病・介護に関する給付が設けられています。

2.複数事業労働者の範囲

複数事業労働者給付は、改正法の施行日である2020年9月1日以降に発生した負傷・疾病・障害または死亡が対象とされており、原則として、事由発生時点において、複数の事業場で勤務していることが要件とされています。ただし、事由の発生時点において、1つの事業場でのみ使用されている場合、またはすべての事業場を退職している場合であっても、その負傷・疾病等の原因または要因となるものが、複数の事業場で使用されている間に存在していた場合には制度の対象になることとされています。

3.給付基礎日額の算定方法

これまで、複数事業労働者に対する労災給付は、負傷・疾病等の原因となる事故や出来事が発生した事業場から支払われる賃金額のみを基礎として給付額が決定されていましたが、今回の改正により、すべての勤務先の賃金額を合算した額を基礎として給付額が決定されることとなりました。

たとえば、A社とB社という2つの事業場で勤務している複数事業労働者が10月1日にA社で発生した業務災害により負傷し休業補償給付を受ける場合、従来までは、災害発生日の直前3ヵ月間に支払われたA社の賃金額のみをもとに給付額が算出されていましたが、改正法施行後は、災害発生日の直前3ヵ月間に支払われたA社とB社の賃金額を合算した金額をもとに算出されます。これを図にすると以下のようになります。

【図】複数事業労働者の保険給付額の決定方法

 

4.業務による負荷の評価方法の見直し

次に、業務による負荷の評価方法について見ていきたいと思います。これまで、複数事業労働者の労災認定については、それぞれの事業場の負荷を個別に評価することにより判断されていましたが、今回の改正によって、それぞれの事業場ごとの負荷を個別に評価して労災認定できない場合でも、すべての事業場の負荷を総合的に評価して労災認定の判断がなされることになりました。

たとえば、A社とB社の2社の事業場に勤務する労働者がA社で60時間、B社で50時間の時間外労働を行い、脳・心臓疾患を発症した場合を例に考えてみることにしましょう。脳・心臓疾患の発症と過重業務の関連性の判断にあたっては、発症前1ヵ月間におおむね100時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症の関連性が「強い」と評価できるという判断基準があります。この点については、これまでA社、B社それぞれの事業場ごとに個別に評価されていたため100時間という基準を超えなかった場合でも、改正後はA社とB社を通算して評価することになるため、時間外労働時間数は月110時間となり、業務と発症との関連性が「強い」と評価され、労災として認定される可能性が高まります。

労働時間以外にも、不規則な勤務や拘束時間の長い勤務、出張の多い業務、交代制勤務・深夜勤務、精神的緊張を伴う業務などを行っていた場合には、それぞれの事業場での負荷が合わせて評価されることになりました。

5.おわりに

複数事業労働者の労災保険給付の取扱いについては、今後も検討が加えられ、関係告示や通達の整備により具体的な取扱いが定められていくこととされています。副業・兼業が新しい働き方として注目される中、企業は、今後、よりいっそう複数事業労働者の環境の整備を行っていくことが求められるものと思われます。

ヒューマンテック経営研究所
所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)

※本コラムは、「日経トップリーダー」経営者クラブ『トップの情報CD』(2020年10月号、日経BP発行)での出講内容を一部編集したものです。

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