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人事労務コラム Column

2021.10.01

法改正情報

脳・心臓疾患の労災認定基準の見直し

ヒューマンテック経営研究所 所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)

業務による過重負荷を原因とする脳・血管疾患および虚血性心疾患等(以下、「脳・心臓疾患」)については、これまで2001年12月に施行された「脳・血管疾患および虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く)の認定基準(平13.12.12基発第1063号)」に基づき、労災認定が行われていました。しかし、近年、働き方の多様化や職場環境の変化が生じていることなどから、最新の医学的知見を踏まえて、この労災認定基準が約20年ぶりに見直されることとなりました。そして、2021年9月15日に基準の名称が変更され、新たに「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患および虚血性心疾患等の認定基準(令3.9.14基発0914第1号)」として改正・施行されます。そこで、今回は、脳・心臓疾患の労災認定基準の基本的な考え方および改正のポイントについて解説していきたいと思います。

1.脳・心臓疾患の労災認定基準の基本的な考え方

脳・心臓疾患は、本来、その発症の基礎となる血管病変等が、主に加齢、生活習慣、生活環境等の日常生活による諸要因や遺伝等の個人に内在する要因により形成され、それが徐々に進行、増悪して発症するものとされています。しかし、業務がとくに過重であったために血管病変等が自然経過を超えて著しく増悪し、その結果、脳・心臓疾患を発症することがあり、業務がその発症にあたって、相対的に有力な原因と考えられる場合には、業務上災害(労災)として認定されることとなります。

この労災認定基準の基本的な考え方としては、まず、「業務による過重負荷」について、過重負荷がかかった期間等により区分された3つの項目(「①長期間の過重業務(発症前6ヵ月)」、「②短期間の過重業務(発症前1週間)」、「③異常な出来事(発症直前から前日)」)のうちのどれに該当するかを確認します。次に、①と②については、発症前の労働時間の長さに着目したうえで、これに労働時間以外の負荷要因も評価要素に加えます。また、③については、精神的負荷や身体的負荷、作業環境の変化の程度などを評価要素とします。そして、最終的に①~③の総合判断によって、労災の適否(業務上・業務外)が決まるしくみとなっています(図1参照)。

【図表1 労災認定基準のフロー】

2.改正のポイント

この労災認定基準について、今回は大きく4つの改正が行われました。これらの改正は、これまでの基準を刷新したものではなく、従来のものを維持しつつ、近年の状況等にあわせて柔軟に労災認定が行われるよう、内容の修正および拡充が行われたものです。

では、この4つの改正ポイントについて見ていきたいと思います。

(1)長期間の過重業務の評価にあたり、労働時間とあわせて労働時間以外の負荷要因を総合評価して労災認定されることが明確化された

長期間の過重業務の評価について、改正前は、1ヵ月間に100時間または2~6ヵ月間平均で月80時間を超える時間外労働が認められる場合について、業務と発症との関係が強いと評価できることを示していました。つまり、労働時間の基準を下回る場合、労働時間以外の負荷要因があっても、業務が発症の有力な原因として評価されづらい傾向にありました。今回の改正では、これまでの労働時間の基準を維持しつつ、労働時間の基準に至らないものの、これに近い労働が認められる場合に、労働時間以外の負荷要因の状況も十分に考慮したうえで、業務と発症との関係が強いと評価できることという基準が新たに示されました。

(2)長期間の過重業務、短期間の過重業務の労働時間以外の負荷要因となる項目が追加・拡充された

労働時間以外の負荷要因について、これまでの負荷要因に加えて、「休日のない連続勤務」、「勤務間インターバルが短い勤務」、「その他事業場外における移動を伴う業務」、「身体的負荷を伴う業務」が新しく追加されました。また、「心理的負荷を伴う業務」については、業務による心理的負荷を広く評価する趣旨で、具体的出来事やそれぞれの負荷の程度を評価する視点が明確化され、パワーハラスメント等も項目に追加されています(図2参照)。

【図表2 労働時間以外の負荷要因の一部抜粋(下線は今回追加された項目)】

勤務時間の不規則性 拘束時間の長い業務
休日のない連続勤務
勤務間インターバルが短い勤務
不規則な勤務・交代制勤務・深夜勤務
事業場外における移動を伴う業務 出張の多い業務
その他事業場外における移動を伴う業務
心理的負荷を伴う業務 ※具体的出来事やそれぞれの負荷の程度を評価する視点が示されました(パワーハラスメントも項目に追加)。
身体的負荷を伴う業務
作業環境 温度環境
騒音

 

(3)短期間の過重業務、異常な出来事の業務と発症との関連性が強いと判断できる場合が明確化された

短期間の過重業務および異常な出来事について、業務による過重負荷を検討する際に、業務と発症との関連性が強いと判断できる場合が新たに示されました(図3参照)。

 
【図表3 業務と発症との関連性が強いと判断できる場合】

短期間の過重業務の評価にあたって明確化されたもの

発症直前から前日までの間にとくに過度の長時間労働が認められる場合。
発症前おおむね1週間継続して、深夜時間帯に及ぶ時間外労働を行うなど過度の長時間労働が認められる場合。

異常な出来事の評価にあたって明確化されたもの

業務に関連した重大な人身事故や重大事故に直接関与した場合。
事故の発生に伴って著しい身体的、精神的負荷のかかる救助活動や事故処理に携わった場合。
生命の危険を感じさせるような事故や対人トラブルを体験した場合。
著しい身体的負荷を伴う、消火作業、人力での除雪作業、身体訓練、走行等を行った場合。
著しく暑熱な作業環境下で水分補給が阻害される状態や著しく寒冷な作業環境下での作業、温度差のある場所への頻回な出入りを行った場合。
 

(4)対象疾病に「重篤な心不全」が追加された

今までは、心不全を対象疾病の「心停止(心臓性突然死を含む)」に含めて取り扱っていましたが、心不全と心停止は異なる病態のため、新たな対象疾病として「重篤な心不全」が追加されました。

3.改正に伴う留意事項

改正前の脳・心臓疾患の労災認定基準では、労働時間が重視される傾向にあったため、発症前1ヵ月間に100時間または2~6ヵ月間平均で月80時間を超える時間外労働がなかった場合に、業務上災害と認定されるのが難しい状況にありました。しかし、今回の改正により、労働時間の基準を満たせない場合でも、これに近い時間外労働を行った場合は、労働時間以外の負荷要因の状況も評価の対象とすることが明確になりました。これにより、労働時間の基準を満たさない場合であっても、業務上災害と認定される可能性が高まることが考えられます。

また、心理的負荷を広く評価する趣旨で、具体的な出来事にパワーハラスメント等の項目が追加されたことから、労災認定において労働時間以外の負荷要因は以前よりも重視されることになります。

4.おわりに

今回は、脳・心臓疾患の労災認定基準の基本的な考え方および2021年9月15日改正労災認定基準のポイントを見ていきました。前述したとおり、本改正により業務上災害と認定される可能性が高まることから、これらの点を踏まえて労務管理を行っていくことが重要です。

以上

 

ヒューマンテック経営研究所
所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)

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