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人事労務コラム Column

今回は、残業代の支払い方法の一つである定額残業代の考え方と支払う際の留意点について解説します。

1.定額残業代とは何か

ではまず、定額残業代とは何かについて見てみたいと思います。
労働基準法では、週40時間、1日8時間の法定労働時間を超えて時間外労働をさせた場合、25%増の時間外労働割増賃金、いわゆる残業代を支払わなければならないこととされています。

残業代は、本来、毎月残業時間を集計し、1カ月ごとに金額を算出して支払うものですが、定額残業代は、残業の有無にかかわらず毎月一定の額を支払うこととし、実際の残業代が定額残業代を超えた場合のみ、その差額を上乗せして支払うというものです。
定額残業代を導入する目的は、一般的に、次の3つが考えられます。

まず一つ目は、給与計算の事務処理負担の軽減です。実際の残業時間に対して支払う残業代より定額残業代の額を多めに設定しておけば、毎月残業代を計算する煩雑さを回避することができます。

2つ目は、求人の際の訴求力の確保です。残業単価のもととなる基本給の水準を抑えつつ、給与総額を一定水準で表示することで、残業した場合でも、一定の残業時間までは残業代を上乗せする必要がなく、かつ、募集・採用の際の給与額を高く提示することができるためです。

3つ目は、長時間労働の抑制効果です。たとえば、月の残業時間が40時間を超えることがほとんどない会社において、定額残業代のもととなる残業時間を40時間に設定した場合、生活残業代を稼ごうとする意欲を削ぐ効果をもたらします。その結果、残業代稼ぎのためのダラダラ残業など、無駄な長時間労働を抑制することが期待できます。

2.適正でない定額残業代のリスク

このように、定額残業代にはいくつかのメリットがありますが、近年、裁判で定額残業代の有効性が争われるケースが少なくありません。法的な要件を踏まえて適正な支払いをしておかないと、不払い残業と認定され、過去2年分の残業代の遡及支払いを命じられるだけでなく、裁判で悪質と認められた場合には、最大で未払いの残業代と同額の付加金の支払い命令を受けることもあります。この場合、定額残業代として支払っていた賃金も、基本給と同様に、残業代の算定基礎賃金に組み入れることになり、残業単価が跳ね上がってしまうため、企業としては大きなダメージを受けることになります。

3.定額残業代を適正に支払うための要件

では、定額残業代を適正に支払うためには、どのような点に注意しておく必要があるのでしょうか。

定額残業代に関する裁判例は数多くあり、裁判官の判断基準は必ずしも一定しているわけではありませんが、共通する要件として、少なくとも明確区分性の要件と対価要件の2つをクリアしておく必要があります。

まず明確区分性の要件ですが、これは定額残業代が基本給とは別に、手当として支給されている場合にはほとんど問題になることはありませんが、単に就業規則などに基本給に定額残業代が含まれているとの記載があるだけで、実際に基本給のうち金額にしていくらなのかが明確にされていない場合に問題となります。

次に対価要件ですが、これは定額残業代が残業時間に対する対価として支払われることが明確になっていなければならないという考え方です。例えば、「営業手当」とか「業務手当」などの名称で支給している場合で、その手当が定額残業代として支払われていることが明確でない場合、定額残業代としての位置づけを否定されてしまう可能性があります。

4.最高裁判例の補足意見とハローワークの求人票の記入方法についての指導

以上、定額残業代の法的な要件について見てきましたが、最近、さらに厳格な運用を求める動きもあります。

まず、定額残業代の効力について最高裁で争われた事案で、最高裁の裁判官1名から判決とは別に補足意見が付されました。ここでは3つの点が指摘されており、①定額残業代を支払うことについて雇用契約書や就業規則などに明確に記載されていること、②支給時に、定額残業代に含まれる残業時間数と残業手当の額が明示されていること、③定額残業代に含まれる残業時間数を超えて残業が行われた場合に、その差額を別途支給する旨の合意もしくは支払いの実態があること、というものです。とくに、3つ目は差額支払合意の要件などと言われます。

最高裁の裁判官の補足意見は、判決ではなく、必ずしも法的拘束力を持つものではありませんが、この意見が出されて以後、その影響を受けた裁判例がいくつか出てきています。

また、この補足意見の影響を受けたかどうかは分かりませんが、最近、ハローワークで求人票を出す場合にも、定額残業代が何時間分であるか記載されていなかったり、定額残業代が何時間分かは記載されているものの超過した場合に別途支給する旨が記載されていない例などを不適切なものとして、明確になるよう記載訂正の指導を徹底しています。

5.実務的な対応

皆様の会社において定額残業代を支払う場合には、以上のことを踏まえて、定額残業代がいくらなのかが分かるようにしておくとともに、残業をしたことへの対価として支払われていることが明確になるように、雇用契約書や就業規則などに記載しておくことが大切です。

最後に見た差額支払合意の要件は、先ほども触れたとおり、確立された考え方とまでは言えませんが、無用な争いを避けるために、雇用契約書や就業規則などに、実際の残業時間が定額残業代の時間を超えた場合に、その差額を別途支払う旨の記載をしておくことが望まれます。

ヒューマンテック経営研究所
所長 藤原 伸吾(特定社会保険労務士)

※本コラムは、「日経トップリーダー」経営者クラブ『トップの情報CD』(2016年3月号、日経BP発行)での出講内容を一部編集したものです。

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