2019.06.01
人事労務Q&A
配置転換の可否
Q.当社では、毎年2回、定期異動を行っていますが、今回の定期異動で、ある社員が、「家庭の事情があるので転勤できない」と言ってきました。このような場合には、この社員に異動(配転)を命じることはできないのでしょうか。また、そのほかに異動を命じることができない場合がありましたら教えてください。
A.配置転換(以下「配転」という)とは、職務または職場、勤務地の変更を伴う人事異動のこといい、配転命令は、通常、使用者の人事権の発動として行われます。そして、労働者は原則としてこれに従う義務があるものと解されています。
しかし、ここで問題となるのが、配転命令の効力と限界です。そこで、配転命令の法的根拠について見たあと、配転命令の限界について考えてみましょう。
(1)配転命令の法的根拠
一般に、配転については、「労働契約は、労働者がその労働力の使用を包括的に使用者に委ねることを内容とするものであって、個々の具体的労働を特定して約定するものではない。従って使用者は、労働力使用権取得の効果として、労働者が給付すべき労働の種類、態様、場所等につきこれを決定する権限を有し、しかも雇入れ後も企業の不断の事業活動のうえで有機的組織体内での適材適所への人員配置が企業運営の円滑を保つのに不可欠であるからして、使用者が業務上の必要から労働者に配置転換、転勤を命ずることは原則として許される」(昭49.10.28東京高裁判決「東洋鋼鈑事件」)とされています。
つまり、業務上の必要がある場合には、使用者は、あらかじめ職種や勤務場所を限定する特約がない限り、配転等の人事異動を業務命令によって行うことができ、労働者は原則としてこの命令に従わなければならないわけです。
(2)配転命令の限界
このように、配転命令は使用者の人事権にもとづく業務命令の一環として行うことができるものと解されていますが、いかなる場合にも配転命令が有効というわけではなく、人事権の濫用と認められる場合には無効となります。
具体的に「無効」となる配転命令には、次のようなものがあります。
① 業務上必要のないもの
この場合の「業務上の必要性」の範囲は、「当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤労意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである」(昭61.7.14最高裁第二小法廷判決「東亜ペイント事件」)と広く捉えられています。
② 合理的理由のないもの
合理的理由を欠く場合、例えば、好き嫌いのみを理由としたものや退職勧奨拒否に対する報復として行われるもの、また、嫌がらせのために行われるものなどがこれに該当します。
③ 合理的な範囲を超える職務内容の変更を伴うもの
職種の変更を伴う配転も一般的には有効ですが、形式的には適法であっても、配転による苦痛があまりにも大きい場合、例えば、看護師を洗濯場等の労務職に配転したり、技術労働者を雑用の業務に配転するなどの場合は、合理的な範囲を超えた異職種への配転として無効となります。
④ 労働条件が著しく低下するもの
配転によって賃金が著しく低下する場合などがこれに当たります。
⑤ 私生活に著しい不利益をもたらすもの
私生活に著しい不利益を生じるものとしては、当該労働者が病気の家族を介護する必要がある場合などがあり、裁判例にも、病気の家族3人を抱えている労働者に対する転勤命令について、家族の生活が危機に瀕するおそれがあるとしてこれを無効としたもの(昭43.8.31東京地裁判決「日本電気事件」)があります。
しかし、一般に、私生活上の不利益があると考えられる場合にも、例えば、配転命令によって共働き夫婦が別居を余儀なくされるケースについて、「共働き夫婦の一方の転勤に伴って通常生ずる事態であつて、何ら異常なものではなく、このような不利益は労働者が労働契約上受忍しなければならない範囲のものである」(昭57.3.1札幌地裁判決「サンドビック・ジャパン事件」)として、配転を有効としたものがあります。
⑥ 法令に違反する場合
このほか、法令に違反する場合、例えば、不当労働行為(労働組合法第7条第1号、第4号)に当たる場合や思想・信条その他による差別的取扱(労働基準法第3条)に当たる配転は無効となります。また、育児・介護休業法は、労働者を転勤させようとする場合に、「就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない」(同法第26条)としていますので、この規定にも違反しないようにしなければなりません。
(3)ご質問のケース
ご質問のケースでは、「家庭の事情」を理由に配転を拒否されているとのことですので、(2)の⑤でみた「私生活に著しい不利益をもたらすもの」に該当する可能性があります。ご本人と話し合い、どうしても転勤ができない事情があるのかどうかをよく聴取したうえで判断して下さい。
ヒューマンテック経営研究所
所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)
※本コラムは、2001年に日本生産性本部(当時「社会経済生産性本部」)のウェブサイト『人事労務相談室』で掲載した内容を一部リライトしたものです。