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人事労務コラム Column

2023.12.01

法改正情報

【2023年9月改正】精神障害の労災認定基準の改正について(前編)~認定基準の概要~

ヒューマンテック経営研究所 所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)

2023年9月、精神障害に関する労災認定基準を定めた「心理的負荷による精神障害の認定基準」(以下「精神障害の労災認定基準」という。)が改正されることとなりました。

そこで、今回から2回にわたって、改正内容について解説したいと思います。今回は、精神障害の労災認定基準の概要について見ていきます。

次回コラム:  【2023年9月改正】精神障害の労災認定基準の改正について(後編)

 

1.労災保険給付の概要

労災保険法では、労働者が業務中に負傷し、または疾病にかかった場合、労災保険から保険給付を受けることができることとされていますが、給付を受けるためには、労働基準監督署に請求を行い、業務災害として認定される必要があります。この認定にあたっては、①業務遂行性(労働者が労働契約に基づいて事業主の支配下にあること)と②業務起因性(業務と傷病との間に相当因果関係があること)の2つが求められます。

今回見直しが行われることとなった精神障害の労災認定についても業務遂行性と業務起因性に基づいて判断されますが、精神障害はさまざまな要因が組み合わさって発病するため、業務起因性の判断が容易ではありません。このため、労災認定が統一的な判断に基づいて行われるよう、精神障害にかかる認定基準が別途設けられています。

 

2.精神障害の労災認定基準について

精神障害の労災認定を受けるためには、下記の3つの要件をすべて満たす必要があります。

①認定基準の対象となる精神障害を発病していること
②認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6ヵ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
③業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと

 

では、これらの要件について詳しく見ていくことにしましょう。

 

(1)認定基準の対象となる精神障害を発病していること

認定基準の対象となる精神障害は、統合失調症、うつ病、急性ストレス障害などとされており、認知症や頭部外傷などによる障害およびアルコールや薬物による障害は含まれません(図表1参照)。

【図表1 認定基準の対象となる精神障害】

・ 症状性を含む器質性精神障害
・ 精神作用物質使用による精神および行動の障害
・ 統合失調症、統合失調症型障害および妄想性障害
・ 気分[感情]障害
・ 神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害

 

精神障害を発病しているかどうか、その疾患名や発病時期については、世界保健機構が示す診断ガイドライン(注)に基づいて医学的に判断されます。
(注)「ICD-10 精神及び行動の障害臨床記述と診断ガイドライン」

 

(2)認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6ヵ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること

(1)により認定基準の対象となる精神障害の発病が認められた場合、その精神障害が業務による強い心理的負荷によって発病したものであるか否かの判断が行われます。この判断は、「業務による心理的負荷評価表」(注)に基づいて、発病前おおむね6ヵ月間の業務による出来事について、「強」、「中」、「弱」の三段階で評価することにより行われます。ここで「強」と判断された場合、業務による強い心理的負荷があると認められます。

(注)令5.9.1基発0901第2号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」別表1

業務による出来事の評価は下記のように行われます。

 

①心理的負荷評価表の「特別な出来事」に該当する出来事がある場合

業務による出来事が「業務による心理的負荷評価表」の「特別な出来事」(図表2)に該当すると認められた場合、心理的負荷は「強」と判断されます。

【図表2 特別な出来事】

心理的負荷が
極度のもの
 ・ 生死にかかわる、極度の苦痛を伴う、または永久労働不能となる後遺障害を残す業務上の病気やケガをした(業務上の傷病による療養中に症状が急変し極度の苦痛を伴った場合を含む)
・ 業務に関連し、他人を死亡させ、または生死にかかわる重大なケガを負わせた(故意によるものを除く)
・ 強姦や、本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシュアルハラスメントを受けた
・ その他、上記に準ずる程度の心理的負荷が極度と認められるもの
極度の
長時間労働
・発病直前の1ヵ月におおむね160時間を超えるような、またはこれに満たない期間にこれと同程度の(たとえば3週間におおむね120時間以上の)時間外労働を行った

 
②心理的負荷評価表の「特別な出来事」に該当する出来事がない場合

業務による出来事が「特別な出来事」に該当しない場合には、「業務による心理的負荷評価表」の「具体的出来事」に当てはめて心理的負荷が判断されます。この判断は、「具体的出来事」に示された具体例(図表3参照)に基づいて、「強」、「中」、「弱」の三段階で評価することにより行われます。

なお、事実関係が具体例に合致しない場合には、認定基準の「心理的負荷の総合評価の視点」および「総合評価の留意事項」に基づき、具体例も参考としつつ個々の事案ごとに評価することとされています。

 

【図表3 具体的出来事の例】

具体的出来事 心理的負荷の強度を「弱」「中」「強」と判断する具体例
会社で起きた事故、事件について、責任を問われた 軽微な事故、事件(損害等の生じない事態、その後の業務で容易に損害等を回復できる事態、社内でたびたび生じる事態等)の責任(監督責任等)を一応問われたが、特段の事後対応はなかった 立場や職責に応じて事故、事件の責任(監督責任等)を問われ、何らかの事後対応を行った ・重大な事故、事件(倒産を招きかねない事態や大幅な業績悪化に繋がる事態、会社の信用を著しく傷つける事態、他人を死亡させ、または生死にかかわるケガを負わせる事態等)の責任(監督責任等)を問われ、事後対応に多大な労力を費やした
・重大とまではいえない事故、事件ではあるが、その責任(監督責任等)を問われ、立場や職責を大きく上回る事後対応を行った(減給、降格等の重いペナルティが課された等を含む)

 

③ 「具体的出来事」が複数ある場合の評価

具体的出来事が複数ある場合の評価は、以下のとおりです。

ⅰ)複数の出来事が関連して発生した場合

複数の出来事全体を一つの出来事として「強」、「中」、「弱」が判断されます。原則として最初の出来事を「具体的出来事」に当てはめて、関連して発生したそれぞれの出来事は出来事後の状況とみなして評価が行われます。

ⅱ)関連しない出来事が複数発生した場合

それぞれの出来事の近接の程度、出来事ごとの発病との時間的な近接の程度、継続期間、内容、数等を考慮して「強」、「中」、「弱」が総合的に判断されます

(図表4参照)。

 

【図表4 関連しない出来事が複数発生した場合の心理的負荷の評価方法】

なお、「業務による心理的負荷評価表」は、今回の改正で内容の見直しが行われています(詳細は次回コラムを参照)。

 

(3)業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと

 (2)により業務による強い心理的負荷が認められた場合、精神障害の発病の原因が①業務以外の心理的負荷(労働者本人に関わる個人的な事情)および②個体側要因(既往または現在治療中の精神障害、アルコール依存状況等)によるものでないか否かの確認が行われます。この確認によって、業務以外の心理的負荷および個体側要因により発病したと判断された場合には、労災認定を受けられない可能性があります。

 

3.おわりに

今回は精神障害の労災認定基準の概要について見てきました。次回は、改正の背景と内容について解説していきたいと思います。

以上

 


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