2023.12.15
法改正情報
【2023年9月改正】精神障害の労災認定基準の改正について(後編) ~改正の背景と内容~
前回コラムでは精神障害の労災認定基準の概要について解説しましたが、今回は、改正の背景と内容について見ていきます。
▽前回コラム
【2023年9月改正】精神障害の労災認定基準の改正について(前編)~認定基準の概要~
1.改正の背景
精神障害の労災認定は、2011年に策定された基準に基づいて判断されてきましたが、策定から10年以上経過し社会情勢が大きく変化していることや、精神障害の労災請求件数が年々増加していること等から見直しが行われることになりました。見直しにあたっては、精神障害の労災認定が迅速かつ適切になされるよう、認定基準全般について最新の医学的知見を踏まえた検討が行われました。
今回は、改正の内容について見ていきます。
2.改正の内容
今回の改正で見直されたのは、主に下記の3点です。
② 業務以外の要因で発病した精神障害が悪化した場合の取扱い
③ 医学意見の収集方法
(1)業務による心理的負荷評価表
改正前の「業務による心理的負荷評価表」は、類似性の高い項目が一部重複していたり、「強」になることがまれな項目があるなど、労災認定の基準としては詳細であるがゆえの分かりにくさが指摘されていました。このため、一部の項目の統合や項目の追加が行われました。
① 「具体的出来事」の追加
社会情勢の変化等を踏まえて、「具体的出来事」に下記の項目が追加されました。
【追加された「具体的出来事」】
・顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた(いわゆるカスタマーハラスメント)
② 類似性の高い「具体的出来事」の統合
重複している類似性の高い「具体的出来事」が統合されました。
【統合された「具体的出来事」(一部抜粋)】
改正前 | 改正後 |
---|---|
・達成困難なノルマが課された | ・達成困難なノルマが課された・対応した・達成できなかった |
・ノルマが達成できなかった | |
・顧客や取引先から無理な注文を受けた | ・顧客や取引先から対応が困難な注文や要求等を受けた |
・顧客や取引先からクレームを受けた | |
・配置転換があった | ・転勤・配置転換等があった |
・転勤をした |
③ 心理的負荷の程度が「強」「中」「弱」となる具体例の拡充
一部の「具体的出来事」の「具体例」が追加、修正されました。
【追加、修正された具体例(一部抜粋)】
(改正前)
具体的出来事 | 心理的負荷の強度を「弱」「中」「強」と判断する具体例 | |||
---|---|---|---|---|
弱 | 中 | 強 | ||
(重度の)病気やケガをした | 【解説】 右の程度に至らない病気やケガについて、その程度等から「弱」または「中」と評価 |
・長期間(おおむね2ヵ月以上)の入院を要する、または労災の障害年金に該当するもしくは原職への復帰ができなくなる後遺障害を残すような業務上の病気やケガをした ・業務上の傷病により6ヵ月を超えて療養中の者について、当該傷病により社会復帰が困難な状況にあった、死の恐怖や強い苦痛が生じた |
(改正後)
具体的出来事 | 心理的負荷の強度を「弱」「中」「強」と判断する具体例 | |||
---|---|---|---|---|
弱 | 中 | 強 | ||
業務により重度の病気やケガをした | ・休業を要さないまたは数日程度の休業を要するものであって、後遺障害を残さない業務上の病気やケガをした | ・短期間の入院を要する業務上の病気やケガをした ・業務上の病気やケガをし、一部に後遺障害を残すも、現職への復帰に支障がないようなものであった |
・長期間の入院を要する業務上の病気やケガをした ・大きな後遺障害を残すような(労災の障害年金に該当する、現職への復帰ができなくなる、外形的に明らかで日常生活にも支障をきたすなどの)業務上の病気やケガをした ・業務上の病気やケガで療養中の者について、当該傷病により社会復帰が困難な状況にあった、死の恐怖や強い苦痛が生じた |
※傍線部が追加、修正された箇所
(2)業務以外の要因で発病した精神障害が悪化した場合の取扱い
業務以外で発病した精神障害が業務による強い心理的負荷によって悪化した場合、悪化した部分について労災保険給付を受けられることがあります。この場合、悪化した部分について業務起因性(業務と傷病との間に相当因果関係があること)が認められる必要がありますが、改正前の認定基準では、悪化前おおむね6ヵ月間に「業務による心理的負荷評価表」の「特別な出来事」に該当する出来事がある場合に限り認められていました。
今回の改正でこの取扱いが見直され、「特別な出来事」に該当する出来事がない場合についても、業務起因性が認められる可能性があることが示されました。
これにより、精神障害が悪化した場合の労災認定は、下図のように判断されることになります。
【精神障害が悪化した場合の労災認定フローチャート】
また、今回の改正で症状が安定した後の新たな発病についての取扱いが追加されました。業務以外の要因で発病した精神障害について、症状がなく、または安定した状態で通常の勤務を行っているような状況で症状が変化した場合は、悪化ではなく、症状安定後の新たな発病として、通常の認定要件に基づき業務起因性が判断されることが明記されました。
(3)医学意見の収集方法
精神障害の労災認定の場合、認定要件を満たすかどうかの判断は、医学意見と労働基準監督署が認定した事実に基づいて行われます。医学意見の収集について、改正前は業務以外の心理的負荷や個体側要因が顕著なものでない事案について心理的負荷が明確に「強」に該当する場合でも主治医の意見に加えて専門医の意見が必要でしたが、改正後は主治医の意見のみで判断できるようになるなど、労災認定が効率的に行えるように収集方法等が変更されています。
3.おわりに
今回は、精神障害の労災認定基準の改正の背景と内容について見てきました。精神障害の労災請求件数は今後も増加することが予想され、長時間労働の改善やハラスメントの防止対策、働きやすい職場の雰囲気づくりなど、企業側のメンタルヘルス対策がより一層求められています。自社の対応や取組みが十分なものか今一度検討し、必要に応じた見直しを行っていくとよいでしょう。
以上
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ヒューマンテック経営研究所
所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)