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人事労務コラム Column

2025.05.01

法改正情報

カスタマーハラスメントの法制化と企業の対応事項(前編) ~これまでのカスハラ防止に関する措置の内容~

ヒューマンテック経営研究所 所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)

近年、顧客等からひどい暴言や不当な要求など著しい迷惑行為を受ける、いわゆる「カスタマーハラスメント」(以下「カスハラ」という。)が社会問題になっています。このような状況を受け、カスハラの防止措置を企業に義務づけること等が盛り込まれた「労働施策総合推進法(※1)等の一部を改正する法律案」が、2025年3月11日に国会に提出されました。

今回は2回にわたって、これまでのカスハラ防止に関する政府や地方公共団体の動きと改正法案の内容および企業の対応実務について解説していきます。

※1 正式名称は「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」

 

1.これまでのカスハラ防止の動き

これまでのカスハラに関する政府および地方公共団体による法令および条例等の改正の主な動行は、以下のとおりです。

【図表1 カスハラに関する法改正等の主な動向】

時期 法改正等に関する主な動向
2020年6月
・パワハラ防止措置を企業に義務づけた改正労働施策総合推進法の施行
・「顧客等からの著しい迷惑行為」等に関し、事業主が行うことが望ましい取組み内容を盛り込んだ「パワハラ防止指針」(※2)の適用
2022年2月
・厚生労働省が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表
2023年1月
労働者災害補償保険の精神障害にかかる認定基準が改正され、「顧客からの著しい迷惑行為」が具体的出来事として追加
2025年4月
・東京都が全国初の「カスタマーハラスメント防止条例」を施行
※2 事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令2厚労省告示第5号)

 

2.カスハラに関する現行の制度等

カスハラに関する政府および地方公共団体に関する現行の制度等のポイントは、次の(1)から(3)のとおりです。

(1)パワハラ防止指針

2020年1月に告示され、同6月から適用された「パワハラ防止指針」では、事業主が取引先または顧客等からの著しい迷惑行為(暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等)により、労働者が就業環境を害されることのないよう、雇用管理上の配慮として、①、②のような取組みを行うことが望ましく、③のような取組みを行うことも有効と考えられるとしています。

【図表2 パワハラ防止にかかる雇用管理上の配慮】

取組み 取組み例
相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
(体制の整備の例)

イ 相談先(上司、職場内の担当者等)をあらかじめ定め、労働者に周知すること
ロ イの相談を受けた者が、相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること
被害者への配慮のための取組み
(被害者への配慮のための取組みの例)
事案の内容や状況に応じ、被害者のメンタルヘルス不調への相談対応、著しい迷惑行為を行った者に対する対応が必要な場合に一人で対応させない等の取組みを行うこと
被害を防止するための取組み
(被害を防止するための取組みの例)
マニュアルの作成や研修を実施すること

 

これらの取組みについては、指針ではあくまでも「望ましい取組み」とされており、事業主の義務とはされていません

(2)厚生労働省「カスタマーハラスメント対策 企業マニュアル」

(1)のパワハラ防止指針を受けて、厚生労働省は、企業が自主的にマニュアル作りに取り組めるよう、2022年2月に「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(以下「マニュアル」という。)を公表しました。

① マニュアルにおける「カスタマーハラスメント」行為とは

マニュアルでは、カスハラについて明確に定義されていませんが、以下のようなものがカスハラと考えられるとされています。

顧客等(※3)からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害される(※4)もの
※3 実際に商品・サービスを利用した者だけではなく、今後利用する可能性がある潜在的な顧客を含む
※4 労働者が、人格や尊厳を侵害する言動により身体的・精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったために能力の発揮に重大な悪影響が生じる等の就業する上で看過できない程度の支障を生じること

 

上記下線部分の「当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なもの」については、顧客等の要求の内容が妥当かどうか、当該クレーム・言動の手段・態様が「社会通念上不相当」であるかどうかを総合的に勘案して判断すべきという趣旨であり、具体的には、「顧客等の要求の内容が著しく妥当性を欠く場合には、その実現のための手段・態様がどのようなものであっても社会通念上不相当とされる可能性が高くなり、他方、顧客等の要求の内容に妥当性がある場合であっても、その実現のための手段・態様の悪質性が高い場合は、社会通念上不相当とされる可能性が高くなる」とされています。

カスハラ行為となり得る「顧客等の要求の内容が妥当性を欠く場合」や、「要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なもの」の例として、マニュアルには以下のものが挙げられています(図表3)。

【図表3 カスハラ行為の具体例】

ケース 具体例
顧客等の要求の内容が妥当性を欠くもの
(実現のための手段・態様がどのようなものであっても、社会通念上不相当とされる可能性が高い)
・企業の提供する商品・サービスに瑕疵・過失が認められない場合
・要求の内容が、企業の提供する商品・サービスの内容とは関係がない場合
要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当な言動であるもの
(要求の内容に妥当性がある場合であっても、実現のための手段・態様の悪質性が高い場合は、社会通念上不相当とされる可能性が高い)
(要求内容の妥当性にかかわらず不相当とされる可能性が高いもの)

・身体的な攻撃(暴行、傷害)
・精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉棄損、侮辱、暴言)
・土下座の要求
・継続的な(繰り返される)、執拗な(しつこい)言動
・拘束的な行動(不退去、居座り、監禁)
・差別的な言動
・性的な言動
・従業員個人への攻撃、要求

(要求内容の妥当性に照らして不相当とされる場合があるもの)

・商品交換の要求
・金銭補償の要求
・謝罪の要求(土下座を除く)

 

② マニュアルに定める企業のカスハラ対策

マニュアルでは、企業のカスハラ対策の基本的な枠組みを「事前の準備」と「実際に起こった際の対応」としています。それぞれの基本的な内容は以下のとおりです(図表4)。

【図表4 企業のカスハラ対策】

時期 対策の内容
事前の準備
・事業主の基本方針・基本姿勢の明確化、従業員への周知・啓発
・従業員(被害者)のための相談対応体制の整備
・対応方法、手順の策定
・社内対応ルールの従業員等への教育・研修 等
実際に起こった際の対応
・事実関係の正確な確認と事案への対応
・従業員への配慮の措置
・再発防止のための取組 等

 

マニュアルでは、それぞれの対策について、具体的な取組み例や取組みを行う際の留意点等が示されています。

(3)労災認定基準の改正

業務による心理的負荷を原因とする精神障害については、「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(以下「認定基準」という)に基づき労災認定が行われています。

2023年9月1日にこの認定基準が改正され、顧客からの著しい迷惑行為(いわゆるカスハラ)を受けたことが「業務による心理的負荷評価表」の「具体的出来事」に追加されました。これにより、精神障害の認定において、カスハラ行為を受けたことが判断の一つの要素となることが明確になりました。心理的負荷評価表に追加された内容は、以下のとおりです(図表5)。

【図表5 業務による心理的負荷評価表(抜粋)】

(追加された)
具体的出来事
顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた
心理的負荷の強度を「弱」「中」「強」と判断する具体例 顧客等から、「中」に至らない程度の暴言を受けた
・顧客等から治療を要さない程度の暴行を受け、行為が反復、継続していない
・顧客等から、人格や人間性を否定するような言動を受け、行為が反復、継続していない
・顧客等から、威圧的な言動などその態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える著しい迷惑行為を受け、行為が反復、継続していない
・顧客等から、治療を要する程度の暴行を受けた
・顧客等から、暴行等を反復・継続するなどして執拗に受けた
・顧客等から、人格や人間性を否定するような言動を反復、継続するなどして執拗に受けた
・顧客等から、威圧的な言動などその態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える著しい迷惑行為を、反復、継続するなどして執拗に受けた
・心理的負荷としては「中」程度の暴行を受けた場合であっても、会社に相談しても又は会社が迷惑行為を把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった

 

(4)東京都カスタマー・ハラスメント防止条例

東京都では、カスハラへの対応として、2025年10月に全国初のカスハラ防止に関する条例である「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」が制定され、2025年4月1日に施行されました。

この条例は、カスハラ防止の啓発に重点を置いた罰則のない理念型の条例として、カスハラの定義や東京都、顧客等、就業者、事業者それぞれの責務について定められています。条例では、カスハラの定義は以下のとおりとされています。

顧客等から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するもの

 

また、条例では、事業者の責務として、就業者がカスハラを受けた場合、速やかに就業者の安全を確保し、行為を行った顧客等に中止の申入れ等の措置を講ずるほか、就業者がカスハラを行わないよう必要な措置を講ずるように努めるものとされるなど、カスハラ防止が就業者の努力義務とされています。これらの具体的な措置や取組み等を示すものとして、条例に基づき「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)」が定められています。

なお、指針には事業者の取組み例として対応マニュアルの作成等が記載されていますが、東京都では、事業者がマニュアルを作成するにあたっては、業界団体が各業界におけるカスハラの特徴や推奨される対応を示すマニュアルを作成し、事業者に示すことが望ましいとして、各業界団体が定めるマニュアルの共通事項等を定める「各団体共通マニュアル」を公表しています。

3.さいごに

今回は、カスハラ防止に関する主な政府および地方公共団体の動きを確認しましたが、カスハラに関しては、ほかにも旅館業法の改正により、宿泊を拒むことができる事由としてカスハラ行為が追加されたり、道路運送法施行規則等の改正により、乗務員等のプライバシーを守るためにバス、タクシー、自家用有償旅客運送における車内の乗務員等の氏名の掲示を廃止する等、独自に対策が進んでいる業界があります。

次回は、労働施策総合推進法の改正法案の内容と企業の対応実務を確認していきます。

以上


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