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人事労務コラム Column

2016.05.01

特集

労働条件の不利益変更と実務的な留意点

ヒューマンテック経営研究所 所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)

今回は、経営環境の変化などにより、やむを得ず従業員の賃金引下げをしなければならなくなった場合の、いわゆる労働条件の不利益変更の問題について解説します。

1.労働条件の不利益変更とその手続き

まず、労働条件の不利益変更とはどのようなものを言うのでしょうか。労働時間や休日、休暇、賃金、退職金などの労働条件は、通常、労使による個別の労働契約や就業規則などによって決められますが、会社がこの労働契約を変更し、労働条件を引き下げることを労働条件の不利益変更と言います。

労働条件の不利益変更を行うには、法令により一定の手続きが必要とされています。まず、一人ひとりの労働条件の内容を変更する場合は、それぞれ個別の合意が必要となります。この場合、個別の合意が得られなければ労働条件を不利益に変更することはできません。

一方、就業規則の変更によって全体の労働条件を不利益に変更する場合にも、労働者との合意が必要ですが、合意がない場合には、変更後の就業規則の内容を労働者に周知するとともに、その変更内容が合理的なものであることが必要とされています。

2.合理的なものであるかどうかの判断基準

この場合、「合理的なもの」であるかどうかの判断にあたっては、「労働者の受ける不利益の程度」、「労働条件の変更の必要性」、「変更後の就業規則の内容の相当性」、「労働組合等との交渉の状況」、「その他の就業規則の変更に係る事情」の5つの事項を総合的に勘案して行うべきこととされています。

それでは、特に重要なポイントについてみて見てみましょう。まず、「労働者の受ける不利益の程度」についてですが、不利益の程度が大きい場合には、たとえ「高度の変更の必要性」がある場合でも、「合理性」が否定される可能性があります。不利益の程度がどれくらいなら認められるという明確な基準があるわけではありませんが、減額率や引下げ後の賃金の水準などを考慮しつつ検討する必要があります。

次に、2つ目の「労働条件の変更の必要性」についてですが、賃金は労働条件の中でも特に重要なものあり、単なる経営状況の悪化というだけではなく、賃金引下げをしなければ会社の危急存亡に関わるといったような高度の必要性に基づいた合理性が求められます。

このほか、たとえば、不利益変更の衝撃を緩和するために一定の経過措置や代替措置を講じたり、従業員に丁寧に説明をして理解を求める努力をするなどが考えられます。

3.賃金引下げの対象者と方法

次に、賃金引下げの対象者と方法について見ていきたいと思います。ここでは、「全員を対象とする方法」「管理職以上を対象とする方法」そして「全員を対象としつつ対象者ごとに引下率を変える方法」の3つの方法に分けて、それぞれの留意点について見ていきます。

まず、1つ目の「全員を対象とする方法」ですが、賃金引下げの対象者を全従業員とし、かつ、全員一律に賃金を引き下げる場合には、賃金引下げの必要性との関係から、引下げ率をできる限り低く抑えたり、労働時間を短縮するなどの代替措置を設け、あるいは労働組合や従業員に対して事情をよく説明して理解を得るようにするなどの対応が不可欠です。

次に、2つ目の「管理職以上を対象とする方法」ですが、業績悪化の責任の所在を明確にするために、上級管理職や中間管理職に対して賃金引下げを行う方法は、一般的に賃金引下げ局面において広く行われています。この方法は、経営に近い幹部を対象とするため、比較的受け容れられやすいものと言えます。

最後に、「対象者ごとに引下率を変える方法」ですが、これは1つ目と2つ目の混合案で、全従業員を賃金引下げの対象としつつ、上層部ほど賃金引下げの幅を大きくする方法です。例えば、管理職は8%、一般従業員は3%というように、階層別に引下げ率を変えるものです。

どの方法を採用するかは、業績悪化の程度や従業員数など、各企業により事情が異なりますので、状況に応じて適切に判断する必要がありますが、いずれの場合も、役員報酬の引下げやその他の経営努力をすることが求められます。

4.従業員への説明

賃金引下げを行う場合、少しでも従業員のモラールダウンを少なくするために、従業員説明となりますので、ここではその留意点について見ていきます。

まず第一に、従業員に対して経営状況を具体的に説明することが大切です。なんの状況説明もなく賃金引下げを行い、ただ単に「今は我慢してほしい」というだけでは、従業員のモラールダウンを招いたり、会社の状況を現実以上に深刻に受け止めてしまうなどのマイナスの影響が出るだけでなく、場合によっては訴訟を提起されることも考えられます。そこで、今なぜ賃金引下げを行わなければならないのか、その背景や具体的な経営状況について従業員に十分説明することが大切です。

もう一つは、今後の見通しを提示することです。もし比較的短期間に改善の見通しが立つ可能性があるのであれば、可能な限り、賃金引下げの期間を限定し、経営環境が改善次第、従前の水準に戻すことを従業員に説明することが望まれます。同時に、業績回復の展望や今後の経営計画(経営戦略)などを示し、全社一丸となって奮起するよう呼びかけることも大切です。

5.最後に

今回取り上げた労働条件の不利益変更の問題は、リーマンショックによる経済不況の際に、大変多くの企業様からご相談をいただきましたが、現実には、雇用の確保を優先するなかで、最小限の不利益変更に留める打開策を見出していかなければならず、大変苦労したことを思い出します。

従業員にとって賃金は労働条件の中でも特に重要なものですので、やむを得ず賃金の引下げが必要な場合には、このような案件に精通した社労士や弁護士などの専門家に事前に相談しながら進めることが大切です。

ヒューマンテック経営研究所
所長 藤原 伸吾(特定社会保険労務士)

※本コラムは、「日経トップリーダー」経営者クラブ『トップの情報CD』(2016年5月号、日経BP発行)での出講内容を一部編集したものです。

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