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人事労務コラム Column

2023.11.15

特集

【実務対応上の留意点】トランスジェンダーのトイレ使用等について~経済産業省事件~(後編)

ヒューマンテック経営研究所 所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)

前回は、トランスジェンダーの性自認に基づくトイレ使用等に関して争われた経済産業省事件について、事案の概要および各裁判所の判決内容を確認しました(詳細は前回参照)。本事件では、裁判所の判断が一審・最高裁(違法)と控訴審(適法)で分かれており、企業対応における個別事情の判断の難しさが伺えます。

そこで今回は、最高裁判決と裁判官の補足意見を踏まえた実務対応上の留意点について解説したいと思います。

前回コラム:  【最高裁判決】トランスジェンダーのトイレ使用の制限について~経済産業省事件~(前編)

 

1.最高裁判決と補足意見から考える実務対応上の留意点

本判決では、全裁判官より補足意見が述べられました。ここでは、最高裁判決および裁判官の補足意見等を参考に、トランスジェンダーのトイレ使用に関する実務対応上の留意点について考えていきます。

(1)経産省の一連の対応に関する最高裁の評価

まず、裁判長裁判官が本判決の核心と位置づけている経済産業省(経産省)の一連の対応について、最高裁の評価を見ていきます。

原告から性同一性障害の診断を受けている旨の申告および女性用トイレの使用等に関する要望を受けた当時、経産省は人事院へ照会するなどして前例の調査を行ったものの参考となる事例がなかったため、医師や顧問弁護士の意見を参考に原告と話し合い、他の職員への理解を求めるための説明会を実施したうえ、職員らの反応をもとに執務階から2つ以上離れた階の女性用トイレの使用を認めることとしていました。補足意見では、この対応について、激変緩和のための暫定的な措置として一定の理解を示しています。

一方で、上記措置の決定後、人事院判定に至るまでの約4年10ヵ月にわたって、経産省が他の職員らの理解度を再調査したり、女性用トイレの使用制限を見直さなかった点について、施設管理者等として女性職員らの理解を得るための努力を行い、制限の軽減または解除等の対応を検討すべきであった旨を指摘しています。

(2)実務対応上の留意点

次に、身体・戸籍上の性別と性自認による性別が異なるトランスジェンダーの従業員(以下「トランスジェンダー従業員」という。)が性自認に基づくトイレ使用を希望した場合の実務対応上の留意点について、3つのポイントに分けて見ていきます。

① 個別具体的な事情を踏まえて判断すること

本判決はあくまで一つの事案に対する判断であり、性自認に基づくトイレ使用を認めないことがただちに違法とされるわけではないものと解されます。このため、企業としては、トランスジェンダー従業員の意向および他の従業員等の関係者の意見、安全面等に十分に配慮し、個別具体的な事情に基づいて対応策を検討する必要があります。

本事件では、具体的な事情として、原告が女性ホルモンの投与等により性衝動に基づく性暴力の可能性が低い旨の医師の診断を受けており、長期間女性として私生活を送るなかでトラブルが発生していなかったこと等が挙げられています。実務対応においては、トランスジェンダーの置かれた立場に配慮しつつも、他の従業員らの身体的・心理的な安全管理の観点から、少なくとも従業員本人の医師による診断・治療の状況を確認し、トイレ使用を認めることについての危険性の有無等の裏付けを得る必要があると考えられます。そのうえで、従業員らの理解度や施設の構造、組織規模、職場の人間関係等の事情を可能な限り具体的に整理し、対応策を検討することが重要です。

なお、裁判長裁判官の補足意見では、「(本判決は)不特定または多数の人々の使用が想定されている公共施設の使用の在り方について触れるものではない」と述べられており、自社の従業員以外が通常使用することが想定されるトイレの場合は、その点も踏まえた検討が必要と考えられます。

② 申出者のプライバシーを確保すること

企業の実務対応においては、経産省が職員への説明会を実施したように、周囲の理解・納得を得るため、従業員本人の性同一性障害の診断や要望等について他の従業員へ情報提供を行うことが考えられます。このとき、本人の意に反して他の従業員にLGBTであることを開示することは、アウティングとして訴訟等のトラブルに発展する可能性があることから慎重に検討する必要があります。この点については補足意見でも、プライバシーの保護と関係者への情報提供の必要性を慎重に比較検討する必要があり、「事案によって難しい判断を求められることになろう」と述べられています。周囲への情報提供にあたっては、その必要性を本人へ説明し意向を確認することはもとより、本人の同意を得られた場合であっても、アウティングを避ける観点から情報提供の仕方や対象者の範囲、内容等について慎重な検討が必要となります。

③ 理解の促進や措置の見直し等を実施すること

本人の性同一性障害等について周囲へ情報提供することについての同意が得られない場合や、他の従業員から反対の意見・反応が出ているなどの場合には、当面の措置として、多目的トイレの使用を勧めることや、経産省のように制限付きでトイレ使用を認めることなどの対応が考えられます。ただし、(1)で述べたとおり、本事件では、経産省が執務階付近のトイレの使用を制限してから、長期間にわたって当該制限の見直しを実施しなかった点が問題視されていることから、企業においては、LGBTに関する職場の理解促進策を講じるなどしたうえで、状況に応じて制限の見直し等を検討することが重要です。

LGBTに関する理解促進策の取組み事例等として、以下が参考になります。

【職場におけるLGBTに関する理解促進策等の取組み事例】

・会社のLGBTに関する対応方針の明確化
・匿名のアンケートを実施し、LGBT当事者および周囲の従業員双方から意見を聴取する
・研修や勉強会の実施
・相談体制の整備

*厚生労働省リーフレット「多様な人材が活躍できる職場環境づくりに向けて~ 性的マイノリティに関する企業の取り組み事例のご案内 ~」より抜粋
 

【研修や勉強会等で取扱う内容の例】

・LGBTに関する基礎知識
・LGBTが抱える職場での困難、リスクについて
・性的指向や性自認に関する差別やハラスメントの防止について
・アウティングに関する解説やその防止について

*令和元年度厚生労働省委託事業「職場におけるダイバーシティ推進事業報告書(三菱UFJリサーチ&コンサルティング社)」より抜粋
 

2.トイレ使用以外の要望への対応

ここまで、トランスジェンダーのトイレ使用に関する対応について見てきましたが、その他の措置についても考えていきたいと思います。本事件において経産省は、原告の要望を受け、トイレ使用以外の措置について、一定の条件付き(性同一性障害の診断を受けていること、継続的な身体的治療を行っていること等)で、以下の対応方針を示しており、実務対応上、参考になるものと思われます。

・女性(男性)らしい服装・髪型・化粧で勤務することは、本人の意思に任せる。
・女性(男性)休息室の使用を認める。
・希望に応じて乳がん検診の受診を認める。

 

上記のほか、出勤簿の名札の色について、性自認に基づく色(男性の青色から女性の赤色)へ変更することについての要望もありましたが、男女を色で区別しない方法に変更し、解決しています。

なお、更衣室等の肌を露出するような施設については、他の従業員が強い違和感・羞恥心を抱く可能性があるため、トイレ使用の件よりも広範な裁量が企業に認められるものと思われます。ただし、更衣室の使用を認めないこととする場合には、別途個室を準備するなどできる限りトランスジェンダーの立場に配慮した対応をすべきものと解されます。

 

3.おわりに

今回は、経産省事件の最高裁判決を踏まえた実務対応上の留意点について見てきました。性同一性障害に関しては、この事件のほか、直近の裁判例において、最高裁大法廷が戸籍上の性別変更要件の一つ(原則として生殖腺除去手術を受けること)を憲法違反と判示しており(令5.10.25最大判「性別の取扱いの変更申立て却下審判に対する抗告棄却決定に対する特別抗告事件」)、引き続き注目を集めています。企業においては、他の従業員の意向や安全面にも配慮する必要があり難しい対応がせまられますが、いずれにしても、トランスジェンダー従業員の置かれた立場に配慮し、真摯に解決策を検討することが重要です。

以上

 


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