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2023.10.01

特集

【判例解説】名古屋自動車学校事件について ~無期雇用と有期雇用における不合理な待遇差の禁止をめぐる最高裁判決~

ヒューマンテック経営研究所 所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)

基本給、賞与等が定年前の6割を下回ったことが違法か否か争われた名古屋自動車学校事件について、2023年7月20日に最高裁の判断が下されました。今回は、本事件の概要について見たうえで、最高裁の判断について解説していきます。

1.事件の概要

本事件は、自動車学校の教習業務を担当していた原告2名(原告A、原告B)が自動車学校の指導員として定年前とほぼ同じ仕事をしているにもかかわらず、定年再雇用後の賃金が正職員時と比較して低く有期契約労働者との不合理な待遇差を禁じた旧労働契約法20条に違反しているとして争われた事案です。

定年前後では、役職が外れたことを除き職務内容等に相違はありませんでしたが、原告の賃金は定年前後において以下のとおり変更されていました。

<定年前後における賃金の比較>

定年前(定年退職時) 定年後(嘱託職員1年目)
基本給
・原告A:181,640円

・原告B:167,250円

・原告A:81,738円

・原告B:81,700円

⇒ 定年退職時から5割以上減額

役付手当

主任以上の役職に対して支給 不支給

(役職が外れたことに伴い支給停止)

家族手当
あり 不支給
皆精勤手当
あり 減額
敢闘賞
1ヵ月の技能教習等の時間数に応じて支給 減額
賞与
1回あたり基本給1.5ヵ月分程度を支給 名称を「一時金」に変更

大幅に減額され、1回あたり4~10万円の範囲で支給

 

2.旧労働契約法20条の定め

旧労働契約法20条(注)では、有期契約労働者の労働条件が、期間の定めがあることにより無期契約労働者の労働条件と相違する場合、その相違は、以下の3つを考慮して、有期契約労働者にとって不合理と認められるものであってはならないとされています。

職務の内容(労働者の業務の内容および当該業務に伴う責任の程度をいう。以下同じ。)

職務の内容および配置の変更の範囲

その他の事情

 

すなわち、有期契約労働者と無期契約労働者との間で労働条件の相違がある場合にただちに不合理とされるものではなく、上記①~③の要素を総合的に考慮して「期間の定めがあること」を理由とする不合理な労働条件の相違を禁止するものです。本事件では、①と②について定年前後で変化がないとされていたことから、③の考慮要素の一つとされる「定年後再雇用者」であることによって、基本給等をどの程度まで下げると不合理に当たるのかについての判断が示されるものとして、注目を集めていました。

(注)旧労働契約法20条は、2020年4月1日よりパート・有期雇用労働法8条に移行されている。
 

3.一審・控訴審の判断

ここからは、一審(名古屋地裁)および控訴審(名古屋高裁)のそれぞれの賃金項目にかかる判断について見ていきたいと思います。

なお、家族手当、皆精勤手当および敢闘賞(下記(2)および(3))については、最高裁で審議がなされなかったことから、一審・控訴審の判決で確定となりました。

(1)基本給

職務内容および変更範囲にほとんど相違がなかったにもかかわらず基本給を定年退職時と比較して50%以下に減額していること、その結果、年功型賃金で金額が抑制されている若年正職員の基本給より低くなったこと、労働組合等を通じた労使協議の交渉結果が制度に反映された事情が見受けられず、労使自治が反映された結果であるとはいえないとして、定年退職時の基本給から6割を下回る部分については不合理な労働条件として違法とされました。

(2)家族手当

家族手当は、従業員に対する福利厚生および生活保障の趣旨で支給されているものであり、幅広い世代の者が存在する正職員は家族を扶養するための生活費を補助することに相応の理由がある一方で、嘱託職員は定年退職した者で老齢厚生年金の支給も受けることになるため、本手当を支給しないことが不合理とはいえないと判断されました。

(3)皆精勤手当および敢闘賞

皆精勤手当と敢闘賞の趣旨は、欠勤なく出勤を促すことと技能教習等の時間数に応じて手当を支払うことによって多くの就労を促すことにあるため、定年後も同様にその趣旨が当てはまるとして減額が違法とされました。

(4)賞与

賞与については多様な趣旨があるため、旧労働契約法20条違反かどうかは慎重に判断するべきとしつつ、正職員定年退職時の労働条件を適用した場合の6割を割り込むのは看過できないとして、定年退職時の基本給の6割に賞与支給率を乗じた額を下回る部分については不合理な労働条件として違法とされました。

4.最高裁の判断

最高裁は、基本給と賞与の相違を旧労働契約法20条に基づき不合理とした控訴審判決について、同条の解釈に誤りがあるとして、破棄差し戻し(高裁での審理のやり直し)を命じました。ここでは、最高裁の判断で示されたポイントについて見ていきます。

(1)基本給・賞与の相違でも違法になり得る

これまでの裁判例では、基本給や賞与について、会社の裁量を認めて旧労働契約法20条違反と判断してきませんでした。しかし、本事件において、最高裁は、「両者(※筆者補足:有期契約社員と無期契約社員)の間の労働条件の相違が基本給や賞与の支給にかかるものであったとしても、それが同条(※筆者補足:旧労働契約法20条)にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得る」と明示しました。このことから、今後は基本給や賞与についても、旧労働契約法20条(現在のパート・有期雇用労働法8条)違反と判断されるケースが発生することが十分に考えられます。

(2)基本給・賞与の性質や目的

最高裁は、基本給や賞与の不合理性の判断について、「基本給及び賞与の性質やこれらを支給することとされた目的」を考慮して、不合理か否かを評価するよう検討すべきとしました。そして、この前提に基づき、高裁の判断について検討が不十分であるとしました。

具体的には、高裁は正職員の基本給の性質を年功的な「勤続給」の性質としか見ていなかったのに対して、最高裁は職務の内容に応じて額が定められる「職務給」、職務遂行能力に応じて額が定められる「職能給」の性質も有する可能性があることを示しました。また、嘱託職員の基本給は勤続年数に応じて増額されることがなかったこと等から、嘱託職員の基本給は、正職員の基本給とは性質・目的が異なっているとしました。このように、最高裁は高裁の判断では基本給の勤続給以外の性質や、正職員・嘱託職員間の基本給の目的の相違を十分に踏まえておらず、旧労働契約法20条の解釈に誤りがあるとしたのです。賞与についても同様に、性質・目的におけるこれらの検討を不十分としています。

(3)労使交渉の過程

最高裁は、労使交渉に関する事情を旧労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮する際に、労使交渉の結果のみならず、その具体的な経緯をも勘案すべきとしました。会社は、原告A・Bが所属する労働組合との間で賃金を含む労働条件の見直しについて労使交渉を行っていましたが、高裁は本交渉の結果のみ着目しており、交渉の具体的な経緯を考慮していないとして、基本給・賞与ともに高裁の検討を不十分と判断しました。

5.おわりに

今回の判決では、定年後に基本給や賞与を下げたことについての不合理性の判断はなされませんでしたので、今後の高裁での審理が注目されるところです。次回は、今回見た判決に関連して、再雇用社員の給与の決定に関する実務上の留意点について解説します。

以上

 


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