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人事労務コラム Column

2023.11.01

特集

【最高裁判決】経済産業省事件~トランスジェンダーのトイレ使用の制限について ~(前編)

ヒューマンテック経営研究所 所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)

医師から性同一性障害と診断されたトランスジェンダーの経済産業省職員が、性自認に基づくトイレの自由使用を認めないとした人事院の判定の取消しを求めた経済産業省事件について、2023年7月11日に最高裁の判決が下されました。

そこで、今回から2回にわたって、本事件の最高裁の判断と企業対応について解説したいと思います。今回は、本事件の概要と一審から最高裁までの各裁判所の判決内容を見ていきます。

次回コラム: 【実務対応上の留意点】経済産業省事件~トランスジェンダーのトイレ使用等について~(後編)

 

1.本事件の概要

本事件は、戸籍上の性は男性、性自認に基づく性は女性のトランスジェンダーである経済産業省(経産省)の職員(原告)が、国家公務員法86条に基づき、女性用トイレの自由使用を認めることをはじめとするいくつかの行政措置を人事院に対して求めましたが、いずれも認めない旨の判定を受けたことから、当該人事院判定の取消しおよび国(経産省)の対応に対する損害賠償請求を求めたものです。最高裁は、原告の請求のうち、女性用トイレの使用制限にかかる人事院判定についてのみ上告を受理し、これを違法と判断しました。

2.事案の概略

裁判に至るまでの事案の概略は以下のとおりです。

3.裁判所の判決内容

ここからは、裁判所の判決内容について見ていきたいと思います。女性用トイレの使用制限にかかる人事院判定への各裁判所の判決結果は下表のとおりです。

なお、原告の請求内容は多岐にわたりましたが、前述したとおり、最高裁が直接判断を下したのは女性用トイレの使用制限にかかる人事院判定についてのみであり、その他については上告不受理により控訴審判決が確定しています。

それでは、各裁判所においてどのような判断がなされたかについて、もう少し具体的に見ていきましょう。

① 一審の判断

一審(東京地方裁判所)は、女性ホルモンの投与により、原告が女性に対して性的な危害を加える可能性が低い旨の医師の診断を受けていたことや、社会生活を送るにあたって女性として認識される度合いが高かったこと等のさまざまな事情を考慮し、遅くとも原告が休職から復職して以降、女性用トイレの使用制限を継続していた経産省の対応は違法であり、この処遇の撤廃を認めないとした人事院判定は取消しを免れないと判断しました。また、経産省職員(上司)一名の原告に対する「なかなか手術を受けないんだったら、もう男に戻ってはどうか」といった趣旨の発言について、「原告の性自認を正面から否定するもの」として違法と判断し、国・経産省に対して、女性用トイレの使用制限にかかる部分と合わせて計120万円の慰謝料の支払いを命じました。

② 控訴審の判断

一審判決に反して控訴審(東京高等裁判所)は、女性用トイレの自由使用を認めないとした経産省の対応および人事院の判定についていずれも適法と判断しました。控訴審は経産省の対応について、トランスジェンダーの処遇に関して指針となる規範や適切な先例がなく、経産省の顧問弁護士も女性用トイレの使用者である女性職員への影響を懸念し消極的な見解を述べるなか、原告の要望にできる限り沿い、女性職員らの理解を求めるべく説明会を実施するなどして処遇を決定した経緯を評価しました。そのうえで、経産省は女性職員の有する性的羞恥心や性的不安などの性的利益もあわせて考慮し全職員にとって適切な職場環境を構築する責任を負っていることから、一部の女性用トイレの使用を制限した処遇の内容も著しく不合理とはいえず、同処遇を長期間継続していたことを踏まえても、経産省の対応ならびに人事院判定は違法とはいえない旨の判断をしています。

なお、上記①の経産省職員の発言については一審同様に違法と判断しましたが、慰謝料は10万円に減額されました。

③ 最高裁の判断

一審および控訴審で判断が分かれるなか、最高裁は一審の判決を支持し、女性用トイレの自由使用を認めないとした人事院の判定を違法と判断しました。最高裁は、説明会が実施されて以降、原告が女性の服装等で勤務したり、執務階から2つ離れた階の女性用トイレを使用したことによるトラブルが生じていないことや、経産省職員で明確な異を唱えた者がいないこと、そして説明会から約4年10ヵ月の間に経産省が再度の調査や処遇の見直しを検討していないこと等を指摘しました。そのうえで、人事院の判定は、これらの具体的な事情を踏まえることなく原告以外の職員に対する配慮を過度に重視しており、著しく妥当性を欠いたものであったと判示しました。

なお、最高裁の判決内容は上記のとおりですが、本判決では裁判官全員が各自の視点から補足意見を述べています。そのなかで裁判長裁判官は、職場におけるトランスジェンダー職員への対応は、職場の組織、規模、施設の構造その他職場を取りまく環境等のさまざまな事情を考慮する必要があり、一律の解決策になじまない旨を述べています。

4.おわりに

今回は、トランスジェンダーのトイレ使用等に関して争われた経済産業省事件の概要を見てきました。本事件はトランスジェンダーの就業上の処遇について最高裁が初めて判断を下した事案であり、本判決が企業に与える影響は大きいものと考えられます。なお、本判決はあくまで事例判断であることから、企業においては、上記の判決内容等を確認したうえで、自社の職場環境その他の個々の事情に基づき対応を検討する必要があります。

次回は、最高裁判決における各裁判官の補足意見と本事件における経産省の対応等を踏まえ、企業としてどのような対応を検討する必要があるかについて考えていきたいと思います。

以上

 


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