トップマネジメントから人事・労務の実務まで安心してお任せください!

人事労務コラム Column

2021.08.30

特集

同一労働同一賃金を巡る最高裁判決② ~大阪医科薬科大学事件~

ヒューマンテック経営研究所 所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)

2020年10月、正規社員と非正規社員との間の労働条件格差について、旧労働契約法20条(以下「旧20条」という。)を巡る5事件(大阪医科薬科大学事件、メトロコマース事件、日本郵便東京、大阪、佐賀)事件)の最高裁判決が相次いで出されました。これらは同一労働同一賃金の実現を目的とする「パートタイム・有期雇用労働法」の企業対応に大きな影響を与えるものです。

今回は、アルバイト職員に賞与および私傷病休職中の賃金を支給しないことについての合理性が争われた大阪医科薬科大学事件(2020年10月13日)の判決の概要および実務上の留意点等について見ていきたいと思います。

なお、旧20条における最高裁判の判断枠組みについては、「同一労働同一賃金を巡る最高裁判決①~旧労働契約法20条の解釈と判決における一般的な判断枠組み~」をご覧ください。

コラム: 同一労働同一賃金を巡る最高裁判決①~旧労働契約法20条の解釈と判決における一般的な判断枠組み~

 

1.事件の概要

本事件は、大阪医科薬科大学の薬理学教室で教授らの日程管理や来客対応などをしていたフルタイムのアルバイト職員(有期契約)が原告となり、同じ業務をしている正職員(無期契約)の秘書に支給される賞与や私傷病欠勤中の賃金の有無などの労働条件に相違があることが旧20条に反するとして、差額に相当する損害賠償の支払いを求めて争われた事案です。

原告は2013年1月29日に大学との間で契約期間を同年 3月31日までとする有期労働契約を締結し、その後、契約期間を1年とする契約を3度にわたって更新し、2016年3月31日をもって退職しました。原告は、2015年3月に適応障害と診断され、約1ヵ月間は年次有給休暇を取得した扱いとなり、その後は退職日までの間、欠勤扱いとなっていました。

本件で争われた労働条件の相違は下記のとおりです。

<正職員とアルバイト職員の労働条件の相違>

なお、原告の在籍当時、大学の職員約2,600名のうち事務系職員は、正職員が約200名、契約職員が約40名、アルバイト職員が約150名、嘱託職員が約10名弱いました。

2.最高裁の判断

一審(大阪地裁)では、原告の請求はいずれも棄却されましたが、二審(大阪高裁)では、賞与、夏季特別休暇の賃金、私傷病欠勤中の賃金をアルバイト職員に支給しないことについて、不合理と判断されました。最高裁では、高裁で不合理と判断された賞与、私傷病欠勤中の賃金について争われ、いずれも判断が覆り、注目を集めました。

<裁判所の判断>

○:待遇格差は不合理ではない

×:待遇格差は不合理である

-:判断対象外(高裁判決確定)

3.賞与にかかる最高裁判断のポイント

ここでは、まず、賞与にかかる最高裁判所の判断のポイントについて見ていきたいと思います。

(1)賞与の性質および目的について

賞与は、正職員給与規則において必要と認めたときに支給することとされており、算定期間の財務状況等を踏まえつつ、その都度、支給の有無や支給基準が決定されるものであり、また、大学の業績に連動するものではなく、労務対価の後払いや一律の功労報賞、将来の労働意欲の向上等を含むものと認められ、その目的は、正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図ること等にあるとされました。

(2)「職務の内容」について

比較の対象とされた教室事務員である正職員とアルバイト職員の業務の内容に共通する部分はあるものの、アルバイト職員の業務は相当に軽易であることがうかがわれるのに対し、正職員は、学内の英文学術誌の編集事務等、病理解剖に関する遺族への対応や部門間の連携を要する業務または試薬の管理業務等にも従事する必要があったのであり、両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できないとされました。

(3)「職務の内容および配置の変更範囲」について

教室事務員である正職員は、規則上人事異動を命ぜられる可能性があり、アルバイト職員は原則として配置転換を命じられることはなく、人事異動は例外的かつ個別的な事情により行われていたものであり、両者の職務の内容および配置の変更の範囲に一定の相違があったことは否定できないとされました。

(4)「その他の事情」について

原告は、(3)の「職務の内容および配置の変更範囲」の判断において、実際の配置転換の状況として、正職員の教室事務員の配置転換の例はほとんどなかったために、規定は形式的なもので、運用に違いはないと主張していました。この点について最高裁は、比較対象とされた教室事務員である正職員数は、大学が人員配置の見直しとして行ってきた簡便な業務のアルバイト職員への置き換えの結果、わずか4名にまで減少しており、同一の就業規則の適用を受けながら業務内容の難易度が高く人事異動も行われていた他の大多数の正職員と比較して、極めて少数となっていたことを重視し、教室事務員である正職員が他の大多数の正職員と職務の内容および変更の範囲を異にするに至ったことについては、人員配置の見直し等に起因する事情が存在したものと認めました。このほか、アルバイト職員については、契約職員および正職員へ段階的に職種を変更するための試験による登用制度が設けられているという事情も存在したことから、「その他の事情」として考慮するのが相当であるとされました。

(5)結論

正職員に対する賞与の性質やこれを支給する目的を踏まえて、職務の内容等を考慮すれば、正職員に対する賞与の支給額がおおむね通年で基本給の4.6ヵ月分であり、そこに労務の対価の後払いや一律の功労報償の趣旨が含まれること、正職員に準ずるものとされる契約職員に対して正職員の約80%に相当する賞与が支給されていたこと、アルバイト職員に対する年間の支給額が2013年4月に新規採用された正職員の基本給および賞与の合計額と比較して55%程度の水準にとどまることをしんしゃくしても、教室事務員である正職員とアルバイト職員の賞与にかかる労働条件の相違があることは、不合理とまで評価できないとされました。

4.私傷病欠勤中の賃金の最高裁判断のポイント

次に、私傷病欠勤中の賃金にかかる最高裁判所の判断のポイントについて見ていきたいと思います。

(1)私傷病欠勤の賃金の性質および目的について

正職員休職規程において、私傷病により労務を提供することができない状態にある正職員に対し給料(6ヵ月間)および休職給(休職期間中において標準給与の2割)を支給することとしたのは、正職員が長期にわたり継続して就労し、または将来にわたって継続して就労することが期待されることに照らし、正職員の生活保障を図るとともに、その雇用を維持し確保するという目的によるものと解されることから、私傷病欠勤中の賃金の性質およびこれを支給する目的に照らすと、同賃金は、正職員の雇用を維持し確保することを前提とした制度であるとされました。

(2)「業務の内容および当該業務に伴う責任の程度」「職務の内容および配置の変更」「その他の事情」について

上記3.(2)~(4)記載のとおりとされました。

(3)結論

アルバイト職員は、契約期間を1年以内とし、更新される場合はあるものの、長期雇用を前提とした勤務を予定しているものとはいい難いことにも照らせば、教室事務員であるアルバイト職員は、正職員のように雇用を維持し確保することを前提とする制度の趣旨がただちに妥当するものとはいえないとするとともに、原告は、勤務開始2年余りで欠勤扱いとなり、欠勤期間を含む在籍期間も3年余りにとどまり、その勤続期間が相当の長期間に及んでいたとはいい難く、原告の有期労働契約が当然に更新され契約期間が継続する状況にあったことをうかがわせる事情も見当たらないため、両者の間に私傷病欠勤中の賃金にかかる労働条件の相違があることは、不合理と評価することができないとされました。

5.おわりに

今回の事案は、アルバイト職員の契約更新上限が5年とされていたこと、原告は勤務開始後2年余りで欠勤扱いとなり欠勤期間を含む在籍期間も3年余りにとどまっていたことから、長期の雇用が想定されているとはいえないケースでした。また、アルバイト職員から契約職員、契約職員から正職員への試験による登用制度があり、実際の登用実績もあったことから、原告が契約職員や正職員に登用される機会が開かれていたことも考慮されたといえます。

本事件はあくまで一つの事例であり、賞与および私傷病欠勤中の賃金にかかる制度の内容や目的は企業ごとに様々であるため、すべてのケースに当てはまるわけではありません。企業において、正規社員と非正規社員の間に相違を設ける場合には、その労働条件の目的や趣旨、支給の基準を整理するとともに、各雇用区分における職務内容や職務内容および配置の変更範囲を十分に考慮したうえで判断すべきものと解されます。



 

 

ヒューマンテック経営研究所
所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)

Contact お問い合わせ

人事・労務のご相談なら
ヒューマンテック経営研究所へ

> お問い合わせはこちら