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人事労務コラム Column

2019.06.01

人事労務Q&A

口頭で行った退職の意思表示の効力

ヒューマンテック経営研究所 所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)

Q.当社の就業規則では、退職しようとする場合、「書面によって退職願を提出しなければならない」と定めているのですが、先日、ある社員が口頭で「今日で退職する」と言ってきました。その際、「退職願を出すように」と言ったのですが、退職願を出さないまま翌日から出勤してこなくなりました。この場合、口頭による退職の意思表示も有効なのでしょうか。

A.ご質問のように、退職願を出さずに口頭で退職する旨の申出をし、その後、出社しなくなるというケースはよくあることです。しかし、書面による意思表示がなされない場合、退職の処理をしてよいのかどうかの判断がつかないことがあり、担当者にとっては甚だ不都合となります。口頭による退職の意思表示は後日取り消される可能性があるからです。

そこで、そもそも口頭による退職の申入れが有効なのか否かについて見た後、実務的な対応のしかたについて考えてみることにしましょう。

2022年の労働法の改正情報はこちら: 「【人事・労務関連】2022年施行の主な法改正一覧」

 

(1)口頭による契約の有効性

民法は、契約の申込みおよび承諾、解除は、必ずしも書面によって行うことを求めてはいません。したがって、口頭による契約解除も一応有効です。例えば、レストランなどで料理を口頭で注文する行為は契約の申込みに当たり、この注文を店員が承諾した時点で契約が成立します。しかし、料理が出される前(あるいは料理を作り始める前)に口頭でキャンセル(契約解除)の意思表示をし、相手方がこの申入れを承諾した場合にはいったん成立した契約を取消すことができます。このように、日常生活においては、口頭による契約やその解除が頻繁に行われています。

また、民法第550条は、「書面によらない贈与は、各当事者が解除をすることができる。ただし、履行の終わった部分については、この限りでない。」と、書面を取り交わしていない口約束の贈与契約について、まだ履行されていない部分は取り消すことができることとしていますが、逆にいえば、すでに契約が履行された場合はもちろん、口頭による約束であっても、それを取り消さない限り、その贈与契約は成立するということになり、契約の効力が口頭でも成立することを裏付けています。

(2)口頭による退職申入れの有効性

では、口頭による労働契約の解約、すなわち退職の意思表示についてはどうでしょうか。

口頭によって行われた退職の意思表示(退職勧奨への応諾)の有効性が争われた事案に関する判例に、「一旦制定された就業規則はその企業における労使双方に妥当する制約として被傭者の利益のためにも使用者を拘束するものというべきところ、被申請人の就業規則第四〇条に定めるところも、一方、被傭者が退職するに際し、その時期、事由を明確にして、使用者に前後措置を講ぜしめて企業運営上無用の支障混乱を避けると共に、他方、被傭者が退職という雇傭関係上最も重大な意思表示をするに際しては、これを慎重に考慮せしめ、その意思表示をする以上はこれに疑義を残さぬため、退職に際してはその旨を書面に記して提出すべきものとして、その意思表示を明確かつ決定的なものとし、この雇傭関係上最も重要な法律行為に紛糾を生ぜしめないようにするとともに書面による退職の申出がない限り退職者として取り扱われないことを保障した趣旨であると考えねばならない」(昭38.9.30横浜地裁判決「全日本検数協会事件」)としたものがあります。

つまり、従業員が退職しようとするときは、その事由を記載した退職願を提出し、使用者の承認を受けなければならないと定めた就業規則の規定は、書面による申出がない限り退職扱いをしないことを保障したものであり、退職という重大な意思表示をするときに疑義を残さないためのものであるとして、口頭による退職の意思表示を無効としたわけです。

したがって、この見解によれば、就業規則等に「退職願を出さなければならない」旨が定められている場合には、退職願が出されない限り、退職の意思表示の効力は生じないことになります。しかし、この裁判の争点は、会社の退職勧奨に対して労働者が「口頭で承諾した」ことが有効かどうかが争われたものですから、労働者の自由な意思表示として行われた場合とは同一に扱うことはできません。
そこで、次に、ご質問ような場合の実務的な対応策について考えてみることにしましょう。

(3)実務的対応

(1)でみたように、一般的には、口頭による解約の意思表示も一応有効ですが、場合によっては、上記裁判例にもあるとおり、後で疑義が生じ争いになることがあります。

そこで、事後の争いを避けるため、口頭による退職の意思表示がなされたあと、改めて本人に退職の真意の確認をしたほうがよいものと思われます。しかし、口頭での意思表示のあと出社してこないなど、本人と連絡が取れない場合や書面による退職願の提出に応じないような場合には、口頭で「退職する」と申し出た日に退職の意思表示がなされたものとして処理しても差し支えないものと考えられます。ただし、この場合にも、のちのちのトラブルを避けるために、内容証明郵便で「退職を承諾した」旨を通知しておいたほうがよいものと思われます。

なお、口頭でのやりとりでの退職合意の成否が争われた裁判例に次のようなものがあります。

会社側が口頭で退職願を出すよう勧告したところ、カナダ人である労働者は、「それはグッド・アイデアだ」と答えたため、会社は、合意退職が成立したものとして退職金を支払ったのですが、裁判では、「グッド・アイデアだ」との発言の真意は、退職勧告を承諾したということではなく、むしろその勧告に半ば呆れて、大げさに表現したものであると認められ、合意退職の効力が否定されたという笑い話のような事件です(平9.2.4東京地裁判決「朋栄事件」)。

 


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ヒューマンテック経営研究所
所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)

※本コラムは、2001年に日本生産性本部(当時「社会経済生産性本部」)のウェブサイト『人事労務相談室』で掲載した内容を一部リライトしたものです。

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