2023.09.01
法改正情報
【令和5年(2023年)度版】最低賃金額の改定(前編)~ランク区分数の変更等~
近年、様々な日用品の価格上昇や光熱費の値上がりにより、日常生活にかかる経済的な負担が大きくなる中、最低賃金の役割はますます重要なものになっています。
2023年8月18日には、すべての都道府県で地域別最低賃金の答申がなされ、初めて全国加重平均が1,000円を超える見通しとなりました。最低賃金は、中央最低賃金審議会が目安額を提示し、その目安額をもとに地方最低賃金審議会で審議がなされますが、最低賃金額の地域格差の拡大等を背景に、今年度より目安額のランク区分の数が4ランクから3ランクに変更されました。
そこで、今回はまず地域別最低賃金とはなにかについて見たうえで、今年度より変更された最低賃金目安制度のランク区分数の変更ならびに今年度の実際の目安額について解説していきます。
▽次回コラム
【令和5年(2023年)度版】最低賃金額の改定(後編)
目次
1.地域別最低賃金について
最低賃金は、最低賃金法の定めによって、賃金決定の際に一定水準を下回る低賃金を排除し、労働条件の改善を図るもので、最低賃金を下回る賃金を支払うことについて労働者から個別の同意を得た場合であっても、その同意は無効となります。
最低賃金には、「地域別最低賃金」と「特定(産業別)最低賃金」の2つがありますが、本コラムでは、地域別最低賃金について詳しく見ていきたいと思います。
(1)決定方法
地域別最低賃金は、すべての労働者について最低限の賃金水準を保障するセーフティネットとして、都道府県労働局長が決定することとされています。これは、産業や職種にかかわらず、都道府県内のすべての労働者に適用されるもので、都道府県ごとに47の最低賃金が定められています。たとえば、東京に本社があり、大阪に支社がある場合には、東京本社は東京の地域別最低賃金、大阪支社は大阪の地域別最低賃金がそれぞれ適用されます。
(2)決定基準
地域別最低賃金の決定にあたっては、「労働者の生計費」、「類似の労働者の賃金」、「通常の事業の賃金支払能力」の3つを総合的に勘案することとされており、毎年10月に見直しが行われています。
(3)決定スケジュール
地域別最低賃金の決定スケジュールとしては、例年7月から厚生労働省に設置された中央最低賃金審議会が労使間で調査審議を行い、7月末に各都道府県にランクごとの引上げ額の目安を提示し、8月初旬からそれを参考にそれぞれの地方最低賃金審議会で審議が行われ、各都道府県労働局長によって決定されます。決定された最低賃金は、通常、9月初旬に官報で公示され、その30日後となる10月初旬に発効されます(下図参照)。
【地域別最低賃金の決定スケジュール】
なお、全国の最低賃金の発効日は10月に集中していますが、法令で特定の日付が定められているわけではありません。目安制度の見直しについて協議された「中央最低賃金審議会目安制度の在り方に関する全員協議会」の報告書では、労使で10月にこだわらず前倒しにすべきとの意見や後ろ倒しにすべきとの意見があったとの記載があり、今後、都道府県労働局長の判断により変動する可能性もあります。
(4)全国加重平均額と引上げ率
最低賃金については、「経済財政運営と改革の基本方針2016」(2016年6月2日閣議決定)において、「年率3%程度を目途として、名目GDP成長率にも配慮しつつ引き上げ、全国加重平均が1,000円になることを目指す」こととされました。これ以降、最低賃金額の全国加重平均は、対前年比で毎年3%程度の引上げが行われてきましたが、今年度、ついに1,000円を超えました。
【地域別最低賃金の全国加重平均額と引上げ率の推移】
2.最低賃金目安制度におけるランク区分数の変更について
これまで地域別最低賃金引上げ目安額は、都道府県ごとにA~Dランクの4ランクに分けて提示されていましたが、今年度よりA~Cランクの3ランクに変更されました。ランク区分数の変更は1978年に目安制度が開始されて以降初めてのことです。
そこで、ここからは目安制度やランク区分数変更の詳細と今年度の目安額について解説していきます。
(1)目安制度とは
地域別最低賃金は、1.(3)で見たように、例年、中央最低賃金審議会が改定の目安額を提示し、地方最低賃金審議会が提示された目安額を参考に審議を行い、最終的に各都道府県労働局長によって決定されます。これは1978年に開始された制度で、地域別最低賃金を改定する際に47都道府県を経済状況によりいくつかのランクに分け、ランクごとに地域別最低賃金改定の目安額を提示することで、できるだけ全国的に整合性のとれた改定が行われるようにしています。
(2)ランク区分数の変更
2000年代半ばに、地域別最低賃金で働いた場合の手取り額が生活保護の水準を下回る「逆転現象」、いわゆるワーキングプアの問題が社会問題化したため、2008年7月の改正法施行以降、「逆転現象」の解消を目的として、地域別最低賃金が大幅に引き上げられました。生活保護の基準額はAランクに属する都道府県の都市部の方が高い金額となっており、「逆転現象」が発生していたのもAランクの都道府県が中心だったことから、逆転現象が解消する一方で、ランク間の格差が広がる結果となりました。
これを受けて、2021年以降、「中央最低賃金審議会目安制度の在り方に関する全員協議会」において、4ランク制の維持とランク数変更の双方を視野に議論が行われてきましたが、地域別最低賃金額の差が拡大していることに加え、47都道府県の総合指数の差が縮小していること、近年は複数ランクで同額が示されるケースがあることを踏まえて、ランク数を3ランクとすることが適当であるとの結論に至りました。今回、決定されたランク区分は以下のとおりです。
【令和5年度 都道府県ランク区分】
ランク | 都道府県 |
A | 埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知、大阪 |
B | 北海道、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、新潟、富山、石川、福井、山梨、長野、岐阜、 静岡、三重、滋賀、京都、兵庫、奈良、和歌山、島根、岡山、広島、山口、徳島、香川、 愛媛、福岡 |
C | 青森、岩手、秋田、山形、鳥取、高知、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄 |
※緑は1ランクUP、オレンジは2ランクUPの都道府県
Aランクの6都府県に変更はなく、Bランクは旧Bランクおよび旧Cランクの25道府県に旧Dランクの福島、島根、愛媛を加えた28道府県とされ、Cランクは旧Dランクの残り13県とされました。決定されたランクは、おおむね5年ごとに見直しを行うことが適当とされており、次回の見直し時期は、2028年が目途とされています。
(3)今年度の目安額
2023年7月28日に、各都道府県の引上げ額の目安が厚生労働省から公表されました。ランクごとの引上げ目安額は以下のとおりです。
【令和5年度 地域別最低賃金改定の目安額】
ランク | 引上げ目安額(令和4年度) | 引上げ目安額(令和5年度) |
A | 31円 | 41円 |
B | 31円 | 40円 |
C | 30円 | 39円 |
D | 30円 |
令和4年度は目安制度が始まって以降で最高額となる引上げ額でしたが、今年度はさらにそれを上回る引上げ目安額となりました。この地域別最低賃金改定の目安額をもとに、地方最低賃金審議会にて審議が行われ、審議の結果(答申)に基づいて都道府県労働局長が地域別最低賃金を決定し、10月以降、順次、最低賃金が改定されます。
3.おわりに
今回は、最低賃金の種類や決定方法、今年度より変更されたランク区分数の変更について解説しました。今年度の改定により全国加重平均が1,000円を超えることとなり、いったん2016年に掲げた政府目標を達成することになりますが、依然として地域格差の課題改善に向けた取組みが必要とされています。
今後、東京や神奈川、大阪などの都市部だけでなく地方でも最低賃金が1,000円を超えることが予想されることから、企業には生産性の向上により賃上げに耐えうる経営環境を整えていくことが求められます。次回コラムでは、今年度の最新の最低賃金について解説していきます。
以上
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所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)