2025.10.01
特集
【企業が知っておきたい!】「ビジネスと人権」について(前編)
近年「ビジネスと人権」という言葉を耳にする機会が増えてきました。「ビジネスと人権」は、国家だけでなく企業も人権尊重の責任を持つべきであるという考え方に基づく国際的な潮流であり、今、日本企業も対応が求められています。
そこで、これから「ビジネスと人権」の概要について2回にわたって解説していきます。今回は、「ビジネスと人権」の考え方の原則を示した国連文書「ビジネスと人権に関する指導原則」と、同文書を受けて策定された日本の行動計画の内容について見ていきます。
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目次
1.「ビジネスと人権」が広がった経緯
そもそも「人権」とは、すべての人が生まれながらに持つ権利として、1948年に国連総会で採択された「世界人権宣言」において明文化されたものですが、戦後の国際社会では、「国家」が人権を推進する役割とその責務を果たすものと考えられてきました。しかし、グローバルな企業活動の展開に伴い、企業が自社の利益を優先し、倫理観やコンプライアンス(法令遵守)、サプライチェーン上の人権等を軽視したことで、環境破壊やそれに伴う健康被害、強制労働等の問題が数多く生じました。
このような背景から、2011年に国連において支持された「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「指導原則」という。)により、「国家」だけでなく「すべての企業」が人権を尊重する責任を持つという考え方が世界的に共有されました。
指導原則では、各国に対して国別行動計画を策定することが奨励されており、欧米諸国を中心に行動計画の策定やそれに伴う法律の制定等が進められています。日本政府においても2020年に「ビジネスと人権に関する行動計画(2020-2025)」が、2022年に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」がそれぞれ策定され、日本で事業活動を行うすべての企業に対し、後述する人権デュー・ディリジェンスの実施等の取組みに努めることとされました。
2.「ビジネスと人権に関する指導原則」とは
ここからは、ビジネスと人権にかかる具体的な内容を見ていきます。まずは、「ビジネスと人権」という言葉の誕生のきっかけとなった、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」について見ていきます。
(1)指導原則の3つの柱
指導原則は、以下3つの柱に基づいて策定されています。
Ⅰ.人権を保護する国家の義務
Ⅱ.人権を尊重する企業の責任
Ⅲ.救済へのアクセス
|
ここでは、この中でもっとも企業に関係する「Ⅱ.人権を尊重する企業の責任」に示されている主な事項について解説していきます。
(2)「企業の人権を尊重する責任」の概要
指導原則では、「企業は人権を尊重すべきである」とされており、「人権を尊重する企業の責任は、その規模、業種、事業状況、所有形態及び組織構造に関わらず、すべての企業に適用される」とされています(指導原則11、14)。そして、人権を尊重する責任を企業が果たすための方針およびプロセスとして、①人権を尊重する責任を果たすという方針によるコミットメント、②人権デュー・ディリジェンス・プロセス、③人権への負の影響からの是正を可能とするプロセスの3つが示されています(指導原則15)。それぞれの主な内容は以下の図表1のとおりです。
【図表1 企業の人権を尊重するための方針・プロセス】
方針・プロセス | 主な内容 |
---|---|
①人権を尊重する責任を果たすという方針によるコミットメント | 企業の最上級レベルにおける承認や専門的助言を得て作られた人権にかかる声明を社内外に公表する |
②人権デュー・ディリジェンス・プロセス | 人権への負の影響を特定・防止・軽減して、どのように対処するか責任を持つために、以下(1)~(4)のプロセスを実行する (1)企業活動による実際のまたは潜在的な人権への負の影響を特定し評価する (2)(1)で得た結論を企業全体に組み入れ適切な措置をとる (3)(2)への対応の実効性を追跡評価する (4)人権への影響についての対処方法について公に示す |
③人権への負の影響からの是正を可能とするプロセス | 負の影響をひき起こしたり助長したことが明らかになる場合、正当なプロセスを通じてその是正の途を備えるか、それに協力する |
3.「ビジネスと人権に関する行動計画(2020-2025)」とは
次に、指導原則を受けて日本政府が策定した「ビジネスと人権に関する行動計画(2020-2025)」(以下「行動計画」という。)を見ていきます。
(1)行動計画における基本的な考え方
日本政府が関係者の理解と協力のもとに行動計画の実施に取り組むうえで、以下の図表にある5点を「基本的な考え方」として示しています。
【図表2 行動計画における基本的な考え方】
基本的な考え方 | 主な内容 |
---|---|
①政府、政府関連機関および地方公共団体等の「ビジネスと人権」に関する理解促進と意識向上 | ・理解促進・意識向上のうえで、政府等の関連する法令、政策等の一貫性を確保し、関係府省庁間において連携を強化する |
②企業の「ビジネスと人権」に関する理解促進と意識向上 | ・人的・物的資源に制約のある中小企業の理解促進・意識向上のため、必要な情報に企業がアクセスできる環境の整備を図る |
③社会全体の人権に関する理解促進と意識向上 | ・従来から行われている人権教育、人権啓発の取組みを継続していく |
④サプライチェーンにおける人権尊重を促進する仕組みの整備 | ・国際社会より国内外のサプライチェーンにおける人権尊重の取組みを求められていることを受け、企業による人権尊重の取組みを促す具体的な仕組みの整備に努める |
⑤救済メカニズムの整備及び改善 | ・司法的救済へのアクセスの確保・改善に向けて努める ・個別法令に基づく相談窓口(労働者、障害者、消費者等)や国際的ガイドラインに基づく窓口など、非司法的救済に関する取組みを活用し、アクセスの確保・改善に向けて努める |
(2)行動計画における横断的事項
政府は指導原則の内容を踏まえ、分野別に行動計画を策定していますが、企業に求められる対応を把握するうえでは、行動計画のうち、「横断的事項」が参考になります。横断的事項では、複数の観点から横断的に取り組むべき事項として、(ア)労働(ディーセント・ワークの促進等)、(イ)子どもの権利の保護・促進、(ウ)新しい技術の発展に伴う人権、(エ)消費者の権利・役割、(オ)法の下の平等(障害者、女性、性的指向・性自認等)、(カ)外国人材の受入れ・共生の6つの事項が定められており、それぞれに具体的な措置が示されています。横断的事項は多岐にわたりますが、雇用労働分野に関連する主なものについては、以下の図表のとおりです。
【図表3 行動計画における横断的事項の雇用労働分野関連措置】
具体的な措置(一部抜粋) | 主な内容 |
---|---|
①ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の促進 | ・働きがいのある人間らしい仕事の実現に努めるため以下(1)~(4)を促進 (1)雇用の促進 (2)社会的保護の方策の展開および強化 (3)社会対話の促進 (4)労働における権利の保護・尊重 |
②ハラスメント対策の強化 | ・労働施策総合推進法等の履行確保を通じてハラスメントのない職場環境の実現に向けた取組みを引き続き推進 |
③外国人労働者等を含む労働者の権利の保護・尊重 | ・外国人を雇用する事業主に対する労働法令遵守および外国人雇用管理指針の周知徹底 ・労働局、ハローワーク、労働基準監督署において、多言語による対応を引き続き実施 |
④障害者雇用の促進 | ・障害者雇用促進法により導入した障害者雇用優良中小事業主の認定、短時間労働の障害者を雇用する事業主に対する特例給付金制度の創設等を通し、障害者の活躍の場の拡大等を推進 ・複合的な人権侵害を被りやすい当事者(例:障害のある女性)への配慮 |
⑤女性活躍の推進 | ・女性活躍を通じた経済成長の意義を広く示し、ビジネス上の成果を共有 ・男女双方がワーク・ライフ・バランスを実現するため、ケアワークの平等な分担を推進 |
⑥性的指向・性自認に関する理解・受容の促進 | ・相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動等を、職場におけるパワーハラスメントに該当する例として明記したパワーハラスメント防止指針の内容の周知啓発等 |
⑦雇用の分野における平等な取り扱い | ・ハローワークにおける人種・民族の差別なく就業の機会均等を確保するための指導・啓発等を引き続き実施 ・公正な採用選考にかかる啓発パンフレットの公表、ハローワークでの公正採用選考にかかる研修会での説明等を引き続き実施 |
4.おわりに
今回は国連の指導原則や日本政府の行動計画を通して、「ビジネスと人権」の内容について見ていきました。
次回は、日本政府が策定したガイドライン(「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」)について見ていきます。
以上
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